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ハイブランドとは?|ファッションのプロが定義や違い、ラグジュアリーブランドとの違いを解説

こんにちは。本日は「ハイブランドとは」というテーマで、ブランドという概念や、今のファッション業界におけるブランドの存在意義についてお話させていただきます。

そもそも「(ハイ)ブランド」とは一体なんでしょう?多くの方にとって、モヤっとしている概念だと思います。憧れの存在であったり、一方で意味不明なボッタクリと思う方も多いのではないでしょうか。

結論、現在のハイブランドとは、モノへというよりも背景にある“イメージ力”への“投資”です。これは、生産過程や流通の多様化や効率化によって低価格・高品質な商品が溢れるようになったことで、ブランドがより「変革」を迫られたことが主な理由。

つまり、(品質本意で儲けることは大変&低価格帯ブランドと差異化できないから)ブランドを維持するために「イメージ力による憧れで価格を上げて儲ける」傾向が、より強くなったようになったということです。

一方、「価格が高いから、有名だから、商品の品質も良いはずだ!」と消費者に思ってもらえれば“御の字”。そのために、歴史の重みやストーリー、世界観を提供することで、あこがれによる満足感を与えるのが現代のブランドビジネスです。

本稿ではプロのファッションデザイナーである私と共に、改めて“ブランド”という概念をおさらいした後、ファッション分野におけるブランドの意義にも触れてみましょう。

目次

ハイブランドとは|高級、ステータス、知名度、歴史などの要素で決定される

元々は「ブランド=焼印」、かつては優れたモノの証明であった

ブランドとは元々“brander” という、北欧・ノルウェーの古ノルド語で「焼印」に由来します。「焼印」は、放牧している家畜に施すことで所有者を判別する名札として使っていましたが、やがて、特別に優れた製品を識別するために用いられるようになりました。

「ブランド=モノが高品質」という図式は、少なくとも歴史的には間違いではありません。消費者にとってもブランドの“印”を目にすることで「高品質である」という判断材料となり、選ぶ理由になってきたのですね。

しかし、「ブランド=高品質なモノ」という図式は、少なくともファッション分野では後述を理由に薄れました。全くなくなったわけではないものの、強く押し出されることもなくなったのが現状です。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」ノエル・パロモ・ロヴィンスキー (著) 朝日真 (監修)
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ハイブランドとは:基本的には価格の高(high)いブランドのこと

ハイブランドとは、直訳で「高い」ブランド。ただし、価格の高さだけでなく「イメージ力の高さ」や「品質の高さ」といった、様々なハイ(high)が存在します。

先述の通り、「ブランド=モノが高品質」とは必ずしも言えない時代になりました。だからこそ、ハイブランドにも「高価格でブランドらしい格式高いイメージによる価値提供をしてくれる」ブランドが多くなっています。

実際、後述のラグジュアリーブランドとの境界は曖昧になっております。ラグジュアリーブランドはハイブランドだけれど、ハイブランドが必ずしもラグジュアリーブランドとは言えません。なぜなら、品質が高くなくとも価格や格の高いブランドがあれば、知名度こそ高くないものの、知る人ぞ知る素晴らしいモノを作るブランドもあるからです。

ラグジュアリーブランドとは:憧れられる欲求の総量が大きなブランド

 

一方、ラグジュアリー(luxury=贅沢)ブランドとは、価格だけでなくイメージと格、そしてブランディングとしてのマーケティング戦略まで含め先端を走るブランドのこと。

ハイブランドとの決定的な違いとして、ラグジュアリーブランドは「有名であること」が必須条件。歴史の深さや明確なストーリーを持ち併せることも重要だからこそ、ラグジュアリーブランドのほとんどがヨーロッパのブランドであることは否めません。

とはいえ、ファッション好きの中でも国籍や年代、性別によっても「どこからどこまでがラグジュアリーブランドか」は分かれます。国・地域によって一定の認知度がなかったり、時代と共に消えたブランドを「ラグジュアリーブランドだ!」ということも難しいです。

裏を返せば、「誰にとっても」「世界中で」「いつの時代も」求められる(=欲求の大きい)トップクラスのブランドであるものは、文句の付けようがなくラグジュアリーブランド。

下限の線引きこそ難しいものの、「ラグジュアリーブランドであること」において上限は非常に分かりやすいことが特徴。だからこそ、「これはラグジュアリーブランドだ」というものを次項で挙げてみようと思います。

このブランドは、文句なしのハイブランド&ラグジュアリーブランド」

結論、エルメスだけは文句なしのハイブランド&ラグジュアリーブランド。ファッションに詳しい人を100人集めて「世界的なラグジュアリーブランドを3つ挙げろ」とすれば、100人全員がエルメスの名前を挙げると思います(というか、挙げなければそいつは俄です)。

正直、元々のブランドの意義であった「モノの品質面」だけで考えれば、各々のジャンルによってはエルメスよりも優れた製品を出しているブランドはあります。エルメスも生産数は意識したり、OEMにも頼らなくてはなりません。モノの良さだけなら、時間を掛けて作られたハンドメイドには敵いませんからね。

しかし、180年以上もの歴史の大部分でトップを走り、万国博覧会での最高賞受賞や王侯貴族といった権威からの愛用、20世紀の産業構造の変革に対するキャッチアップから現在までの栄華、そして、世界的に有名で価格も高く、モノ作りへの尊重・・・・。これら全て満たしているブランドはエルメスだけだからこそ、最高のブランドと言えます。

その他、世間的にラグジュアリーブランドと思われているブランドは、

ルイ・ヴィトン、シャネル、ロレックス、ディオール、グッチ、ジョルジオアルマーニ、プラダ、・・・・

などが挙げられます。

ただ、ファッションが好きな人の中では、「いやいや、プラダってナイロンのペラペラじゃん!」「え、ロレックス?時計はパテック・フィリップでしょ!」などと思う人もいるはずです。一方、「歴史は浅いけれどトムフォードを入れろ!」とか、「マルジェラのモード界における革新性は評価しないのか!」といった意見もあるかもしれません。

いささか、ひねくれた見方かもしれませんが、「ブランドの格」とは結局、議論の余地に対する有無でもあります。そういった議論の余地やマイナスイメージがあればあるほど、「ラグジュアリーブランドの上限」から少しずつ離れていくことは事実です。

どこまでをラグジュアリーブランドと認識すべきかは個々に拠ります。身も蓋もありませんが好きに決めてください。「どこまでがラグジュアリーブランドの下限ですよ」をお伝えすることは難しいのです。決めても一年後には変わってしまうかもしれないので、あまり建設的とも思えません。

とはいえ、上記で挙げたブランドたちは相対的に価格が高いため「ハイブランド」ではあると思います。その他、知名度が物凄く高いわけではなくとも、これらと比肩するような価格帯のブランドもハイブランドといえます。

「イメージ戦略先行」&「経営効率化」がもたらした“ファッション”の矛盾

デザイナーのイヴ・サンローランが2008年に死去した後、製作・公開されたフランスのドキュメンタリー映画「Yves Saint Laurent L’ amour Fou」の冒頭は、2002年に行われたイヴのデザイナー引退会見から始まります。

その後、イヴのクリスチャンディオールでの抜擢や自身のブランド「イブサンローラン」の設立、ブランドの栄華と苦悩、そして引退へと物語は進みますが、やがてピエール・ベルジェ(イブの出資者であり長年のパートナーであった)による、

仕事への意味を見失い、イヴは引退した
ファッションは商売人の手に落ちたのだ
引退を決めたのは正しかった
とても明晰で知的な判断だ そして慎み深い

という台詞で映画は結ばれていきます。

イヴ・サンローラン(2010)Yves Saint Laurent L’ amour Fou
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イヴ・サンローラン引退の裏には、ブランドがグッチグループ(現在のケリング)に買収されたことが大きく関係していました。もちろん、当時はグッチグループだけでなく、LVMHやリシュモン、プラダグループによって同様のムーヴメントが広まり、ファッション・コングロマリットが形成されました。

強いブランドが強いブランドを吸収し、共に市場価値を高めて巨大化しながらグループを形成する。一方で、生産拠点や人材を画一化することで経営効率も追及し、結果としてブランドごとの「モノの差異化」が難しくなっていきました。

WWDJAPAN
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私は、ブランド固有のフィロソフィーが重要か、それとも生き残るために売上が重要か、どちらが正しいという議論をしたいわけではありません。しかし、「差異化」「個性」が本質であった、“従来のファッション”に経営効率という同質性が加わり、ある種の矛盾が生じたことは事実です。

そして、ブランド側の戦略は高いイメージ力を提供することで、消費者に「これは良いものだ」と安心してもらう。これが、イメージ力の「高い」ブランドの現在です。

売れるためには、ファッションの原理たる個性をも捨てていく。これが現在のグローバルスタンダードです。個性を表現することで生きがいを感じていた、多くのデザイナーが失望感と共に引退した時期がありました。そして、今のファッション界を支える現役世代もまた、「ビジネスを大きくするために迎合するか」「細々としてでも生きがいを優先するか」の概ね二択を迫られています。

つまり、現在の“ブランド”は品質主義ではなく世界観&イメージ先行

多くのブランドは自社工場を持たず委託生産、ときにOEM元の数倍の価格で販売

OEM(original equipment manufacturer)といって、一言でいえば、他社ブランドの製品を製造すること(あるいはその企業)を指します。

ブランドが展開するアイテムは、全てを自社工場で生産しているわけではありません。むしろ、自社工場を持つ分野は著しく少ないこともファッション業界の特徴です。

多くの場合は専業のファクトリーが有名ブランドの下請け製造を担当しており、依頼したブランドの製品として販売されています。つまり、シャツはA、ニットはBというように、アイテムのジャンルごとにファクトリーを変えています。

ファッションの世界ではデザインだけで、自社工場は一切ないというブランドも珍しくありません。それも、有名ブランドこそその傾向が強いです。手足は別で、「イメージ戦略を考えることがブランドの意味」という姿勢です。

そして、ブランド側もOEM(下請けメーカー)もビジネスですので取り分があり、これが“ブランド料”として上乗せされている分。「どれだけ上乗せできるか」は、まさしくブランド力に依存します。世界的に有名なトップメゾンの場合、OEM元と同じクオリティの商品を展開したとしても、売値はかけ離れている(=ブランド料マシマシ)にすることが可能。

例えば、パリの某トップofトップメゾンの数十万円するニットは、日本の北陸にある某企業がOEM生産をしており、同じクオリティのモノが3、4万円台で販売されています。同ブランドの十数万円のデニムも、実際に作っている岡山県のファクトリーでは、6分の1くらいの価格で提供されています。

ワールドクラスのブランドほど、シビアにビジネスを展開する

結果として、ブランドは割高になることは間違いありません。しかし、ブランド側も自身のブランド力に見合わない価格設定にすることは出来ません。高くしても売れるブランドは限られ、それは先述のブランド力」に拠るからです。

当然、大きなブランドほど、マーケティングの規模も大きいです。莫大な広告費や人件費をペイしたり、大きな利益を確保するのであれば、OEM元のランクを下げる=モノの品質を下げるか、さらに安い価格で作らせるしかありません。

私も某ブランドに所属していた際、そのブランドはOEM元にかなりの低コストで作らせていました。実際には、皆が知っているようなブランドほど、(コミュニティの人間には待遇など優しい場合が多いですが)周りのステークホルダーにはシビアです。

(あくまで一つの参考としてですが)下記記事では、私が着たことのある世界の有名スーツブランドを国ごとに分けて紹介し、大まかなクオリティのレベルも表記しました。「ブランド力=モノのクオリティ」と思われているならば、99%の人にとって「え?」とか「は?」となると思います。私は皆が知っているスーパーブランドですら、クオリティの項目には大した評価を付けていません。

事実、現在の有名ブランドの多くは、ファクトリーやテーラーが作るような同価格帯のものと比べ、決してレベルの高い作り(=品質)ではないからです。

現在の「ラグジュアリーブランド」が展開しているスーツならば、筋のいい人が専門学校で2年ほど頑張ってミシンを動かしていれば作れますし、何ならもっと良いものが作れます。

こんなことをいってしまうと夢が壊れてしまうかもしれませんが、今日の“ファッションブランド”は、常に良質な証であることを期待すべきものではありません。

だからこそ、ユニクロのような“安くて良いもの”が、持て囃されるようになっている一因にもなっているのでしょう。

でも高いじゃん!有名じゃん!評価されているじゃん!

それでも「ハイ(ラグジュアリー)ブランド=モノが良い」と思っている方は沢山いますし、アパレル業界の人の中にも沢山います。恥ずかしい実態ですが、実際、アパレル業界内の人だって“モノの良し悪し”が分かる人は、あまり多くありません。

“味”が分からなくたって売れることは可能ですし、“味を知る”ことは非常に難しく面倒臭いからです。分からないからこそ、「高いお金を出しているから、これはモノもきっと良いはずだ」というイメージの世界に終始するようになりました。

繰り返しますが、かつてはモノのレベルも高かった故に高い評価を得てきたとしても、現在のブランドの評価は「この超高品質生地を使っている!」「めちゃくちゃコストのかかった、縫製方法や技術が用いられている」といった理由ではない場合が多くなりました。今も年々、そうなっています。

いずれにせよ、現在のブランド(および“ブランド料”)というものは、モノ自体のクオリティへの対価というより、世界観の提供とそこにコミットできることへのイメージの価値です。

丁寧に作っている=生産効率は上げられないため、どうしても経営規模は小さくなる。すると、知名度は高くなりませんし、リセールバリューが低い割に高額であることは、“味の分からない人”にとってはメリットがありません。当然、投資価値としても難しいですよね。

むしろ、本質的に両立させられないことこそ、一番の問題なのだと思います。

じゃあ、ブランドの中身(モノとしての品質)は全部大したことないの?

じゃあ、ブランドの中身(モノとしての品質)は全部大したことないの?

と思われるかもしれませんが、「そんなことはありません。でも、ブランディングされているのだから割高ですよ」というアンサーをお送りします。

上記はSHOLLWORKSでこれまで最も読まれた記事ですが、価格のインパクトと題材とするブランドの認知度が高かったことが理由として挙げられます。+Jが復活するタイミングだったことも大きいのではないでしょうか。

ジルサンダーの9万円のシャツは、正直モノのクオリティの割には高いんです。生地は良いですが、正直縫製はそこまでではありません。しかし、記事内で書いたことは本当ですし、ユニクロの2,990円のシャツよりもモノとしては優秀です。

何よりも、9万円出しても買いたい人がいるから。人気ブランドだから。こうやって取り上げる人がいるから。だから、9万円の価値があり、“ブランド価値”となり、ジルサンダーはハイブランドである、ということになります。

「ブランド力の高さ」とは、社会全体の“憧れの度合い”の高さ

つまり、現代のブランド力の高さは、“憧れの度合い”で決まります。(私の経験ですが)某ブランドで十数万円のアイテムを担当した際、原価数千円でしたが飛ぶように売れました。

モノの良さを原価率で計るならば、ハッキリと“粗品”です。しかし、ヒットしました。なぜなら、広告を出した際、オンラインストアに掲載された際、実際に店頭に並んだ際、“憧れられた”からです。今も街でよく目にします。

この事実、あなたは「そんなブランドけしからん!」と思いますか?思うならラグジュアリーブランドは向いていませんし、思わないなら“ブランド物”が向いています。

ブランドは「人気だから人気」:皆が憧れ求めるから高くなる

ブランドとは「人気だから人気」になる性質があります。禅問答のような話ですが、これも社会の集団心理です。自分の意思で決定していたとしても、厳密には誰かに、何かに影響されて手を伸ばしています。

上記のような憧れが伝染して憧れを生み、人気が人気を呼ぶ。その蓄積が、ブランド力を発生させます。

芸能人や映画作品、漫画、アニメ、TVやWEBの番組も同様です。プロモーションを経て誰かが“推す”から、その周りやSNSを通じて“推し”が広がる。人気が人気を呼んで、更なる人気コンテンツになりますよね。

ヤフオクやメルカリで盛んに行われている転売や二次流通も、この原理を利用しています。販売価格が「市場から求められている人気度」よりも下回った場合に「転売屋」が頑張る。また、スーパーブランドが供給を絞る(絞らざるを得ないことを逆利用している場合もある)ことで、あえて付加価値を高める手法もあります。

例えば、エルメスのバーキンは「上質なカーフレザーが使用されているから」あそこまでの価格になっているわけではありません。極論、“バーキンだから”非常に高額で希少価値も高く、それでも欲しい人がいるから二次流通で更なる価格が付いて取引されています。

で、結局「ブランド」に意味はないの?→ある

個性的なブランドは、見て着てワクワクする

じゃあ、ブランドに意味なんてないのか?

という疑問に対しての回答は「そんなことはない」です。ブランドは全ての品質を失ったわけでも、個性を失ったわけでもないからです。

確かに、あなたの身体に合ったビジネススーツやシンプルなストレートチップが、イメージ先行のメゾンブランドである必要はありません。こういったフィッティングが命のファッションに関しては、モノの良さがダイレクトにカッコよさへ繋がります。

一方、コムデギャルソンやマルジェラのような、「このブランドだからこそ」という独自性を目の当たりにすると、ワクワクしませんか?メゾンブランド特有のデザインは、ファクトリーブランドには(技術的には作れても)出せません。だからこそ、唯一無二のフィロソフィーやデザインを持っているブランド商品には、大きな価値があると思います。

忙しい毎日の中、個人が深く考え学び、判断できる分野は多くない

一つの分野に対する知見が深くなると、詳しくなくない分野においても「体型的に共通するもの」があることに気付きます。しかし、あらゆる分野に触れる時間や情熱を傾けることは不可能です。だからこそ、例えば、ファッション分野なら服やメイク、ヘア、空間といったスペシャリストが、お互いにリスペクトをしながら協働します。

私はこの記事を書いている最中に引っ越しましたが、家具を揃えるのに、それなりに有名なブランドに“頼りました”。ブランドは一定の道しるべにはなります。“思考停止料”ともいえなくはありませんが、同時に信頼性への投資とも言えます。

ブランドは人間が経済活動する上で、根幹となる概念である

ブランドは経済活動におけるあらゆる概念に、大なり小なり関わります。ファッションに限らず、自然や観光、歴史、資源、名産品、地方創生や町おこし、ひいては国家全体のブランドにおいても、皆、イメージを原動力に行動しています。

下記記事で“Pace Layers Thinking”という、ファッションにおける重要な概念に関して言及させていただきました。上位層になればなるほどブランディングのシェアが大きくなりはするものの、全ての階層における人間の活動に、“ブランド”という概念は絶えず関わり続けます。

「ブランドの否定」は人間社会において、本質的に極めて難しいことは間違いありません。ファッションブランドを否定しても、その人はApple製品が大好きだったり。こうして書くと笑っちゃうような話ですが、結構いらっしゃると思います。

私の持論:“ブランド物”は、固有のデザイン物やパッと見のインパクトで選ぶ

結論、いわゆる「ブランドもの」は「そのブランドではなくてはならないもの」こそ本当に価値があるもの。「エルメスのカレ(正方形のスカーフ)」や「マルジェラの足袋ブーツ」なんて、それぞれ最高にブランド価値が高いのではないでしょうか。

一方、多くのブランドで売れるのは、白のシャツや濃色のビジネススーツといわれます。「そのブランドだから買う」という動機が絶対的に悪とは言えませんが、アイテムやブランドに拠っては、「そこで買うことが最良の選択であるか」は、一度考えてみても良いかもしれません。

「自分に合ったブランドはこのブランドだ!」と単一のブランドを信じたい人にとっても、ブランドの背景を知り、賢く選択することもまた、ファッションの面白さではないでしょうか。

商品自体のブランドよりも、「これは買う」「これは買わない」といった選択と判断を重ねたブランドのセレクトショップたる、あなた自身のブランディングの方が、あなたの人生には重要であり、ファッションを楽しめる行為ではないでしょうか。

“商売人の手に落ちた”、“服の味が分かる人”が極端に少なくなった時代。イメージ先行が過ぎるのは悲しい点ではあると個人的には思いますが、ブランドを軽んじ過ぎないバランス感覚を持ち合わせたいものです。

あなたは、どんなバランスのとり方をしてみますか?

おしまい!

SHOLL(しょる)
皆さまこんにちは。“SHOLLWORKS”運営者のSHOLL(しょる)と申します。

1987年、山梨県甲府市生まれ。国内デザイナーズブランドを経て、ファッションコングロマリットのブランドでデザイナー職を経験。

現在は東京在住、デザイナー含め様々な事業に携わっています。





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