SHOLLWORKS(ショルワークス)は、プロの目線からファッションに関するレビュー&価値観をお届けします。

ハイブランドとは?ブランドとは?定義を解説&品質は高い?ボッタクリ?

今はブランド=品質が高いとは決していえませんが、「ハイブランド」は多くの方が憧れたり所有欲を満たすものですよね。

私たちはブランドのイメージに対する満足感にもお金を払っていますが、果たしてそれは、本当に“ボッタクリ”なのでしょうか??

こんにちは。本日は、「ハイブランドとは」「ブランドとは」というテーマで、ブランドという概念についてもお話させていただきます。

そもそも「ブランド」ってなんでしょう?「ブランド」は多くの方にとって、モヤっとしている概念だと思います。人によっては憧れの存在であったり、人によっては意味不明なボッタクリだったり。

ファッションはブランドビジネスのウェイトが非常に大きな分野です。ブランドネームは個性やデザイン的思想・信条を体現する共通言語となっており、ブランドに魅力を感じている人にとって一定の価値保証を与えてくれます。

そして、現在の“ブランド”とは、モノへというよりも背景にある“見えないもの”への“投資”です。

ファッション分野の場合、特に現在は商品そのものの“出来”よりも得られる世界観やイメージによる満足度の獲得こそ「ブランドを買う意味」といっても過言ではありません。

本稿では改めて“ブランド”という概念をおさらいした後、ファッション分野におけるブランドの意義にも触れてみましょう。

目次

ハイブランドとは:高級、ステータス、知名度、歴史などの要素で決定される

明確な定義はないものの、「憧れられる欲求の総量が大きなブランド」といえる

ハイブランドを語るに際し、ハイブランドといえるブランドはどこからどこまで?というのが大勢の方が気にすることと思います。結論、ハイブランドの定義というものは「人によって、国によって、時代によって“まちまち”」

ファッション好きの中でも「どこからどこまでがハイブランドか」は分かれます。自分の好きなブランドはハイブランドと思いたかったり、嫌いなブランドはハイブランドと思いたくなかったり。

あるいは、ある国では非常に有名でも、そうでない国からしたら認知度すらない(=ハイブランドと認識されない)こともあります。また、時代と共に消えたブランドを「ハイブランドだ!」ということも難しいです。

裏を返せば、「誰にとっても」「世界中で」「いつの時代も」求められる(=欲求の大きい)トップクラスのブランドであるものは、文句の付けようがなくハイブランドです。

下限の線引きこそ難しいものの、「ハイブランドであること」において上限は非常に分かりやすい。

だからこそ、「(上から見て)これはハイブランドだ」というものを次項で挙げてみようと思います。

エルメスは「文句なしのハイブランド」だと思う

結論、エルメスは文句なしのハイブランド。ファッションに本当に詳しい人を100人集めて「世界的なハイブランドを3つ挙げろ」とすれば、100人全員がエルメスの名前を挙げると思います。

(後述の通り)元々のブランドの意義であった「品質面」だけで考えれば、ジャンルによってはエルメスよりも優れた製品を出しているブランドはあります。

しかし、180年以上もの歴史の大部分でトップを走り、万国博覧会での最高賞受賞や王侯貴族の愛用、20世紀の産業構造の変革に対するキャッチアップから現在までの栄華、そして、世界的に有名で価格も高く、モノ作り(=品質)への尊重・・・・これら全て満たしているブランドはエルメスだけです。

その他、このブランドはハイブランドだ!

その他、世間的に「ハイブランド」と思われているブランドは、

ルイ・ヴィトン、シャネル、ロレックス、ディオール、グッチ、プラダ、・・・・

などが挙げられます。

ただ、ファッションが好きな人の中では、「いやいや、プラダってナイロンのペラペラじゃん!」「え、ロレックス?時計はパテック・フィリップでしょ!」とか思う人もいるはずです。

いささか、ひねくれた見方かもしれません。ただ、そこからハイブランド要素は少しずつ離れていっている(先述の“上限”ではなくなっている)ことは事実です。欲求が離れれば離れる程、ハイブランド度が下がる訳です。

あとは、どこまでをハイブランドと認識すべきかは個々に拠ります。私からしても、「どこまでがハイブランドの下限ですよ」をお伝えすることは難しいですが、少なくとも「エルメスだけは確実にハイブランドといえる、下限は自分で決めて」と主張させてください。

ブランド&“ブランド力”とは何か?元有名ブランドのデザイナーが解説

元々は「ブランド=焼印」、かつては優れたモノの証明であった

次に、ブランドという言葉の定義や性質について。それを紐解くに、まずは、ブランドという語句のルーツについてお話させていただこうと思います。

ブランドとは元々“brander” という北欧・ノルウェーの古ノルド語に由来し「焼印」を意味します。「焼印」は、放牧している家畜に施すことで所有者を判別する名札として使っていましたが、やがて特別に優れた製品を識別するために用いられるようになりました。

現在でも「ブランド=モノが高品質」と一元的に考えている方が多いのですが、少なくとも歴史的には間違いではありません。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」ノエル・パロモ・ロヴィンスキー (著) 朝日真 (監修)
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ブランドは提供側には販売戦略のツールとなり、消費者にとってはその“印”を目にすることで高品質の判断材料となります。そして「ブランド=高品質なモノ」という図式は(今でも生きた概念ではありますが)、少なくともファッション分野では後述を理由に薄れました。

そして、ご存じの通り、現代の「ブランド」は実体のないサービスにも使用されます。Googleもですし、TwitterやInstagramもプラットフォーム上のブランド。

その他、ファッション分野においても、例えばNFTファッションでは本物であることの絶対的保障となったり、投資分野とも深いつながりを持っています。資本主義経済下において、最大限活かされるマーケティングの概念こそ、ブランドの本質たり得ます。

「イメージ戦略先行」&「経営効率化」がもたらした“ファッション概念”の矛盾

イヴ・サンローランが2008年に死去した後、製作・公開されたフランスのドキュメンタリー映画「Yves Saint Laurent L’ amour Fou」の冒頭は、2002年に行われたイヴのデザイナー引退会見から始まります。

その後、イヴのクリスチャンディオールでの抜擢や自身のブランド設立、ブランドの栄華と苦悩、そして再び引退と物語は進みますが、やがてピエール・ベルジェ(イブの出資者であり長年のパートナーであった)による、

仕事への意味を見失い、イヴは引退した
ファッションは商売人の手に落ちたのだ
引退を決めたのは正しかった
とても明晰で知的な判断だ そして慎み深い

という台詞で映画は結ばれていきます。

イヴ・サンローラン(2010)Yves Saint Laurent L’ amour Fou
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イヴ・サンローラン引退の裏には、イヴサンローラン・ブランドがグッチグループ(現在のケリング)に買収されたことが大きく関係していました。

強いブランドが強いブランドを吸収し、共に価値を高めて巨大化する。一方で、生産拠点や人材をプールすることで経営効率を図り、安定的な運用を可能にする。

90年代から同様のムーヴメントが広まり、ファション・コングロマリットが形成されました。

ファッション・コングロマリットの登場は、ビジネスの効率化による収益の最大化をもたらしました。一方、ブランドの“個性”はモノ自体よりも、ブランドネームや消費者が抱く“イメージ”に集約されるようになります。

同グループ内のブランドは、OEMファクトリーも一緒、使用する生地や素材も一緒、デザイナー人事もローテーション。あまつさえ、グローバル化が進み世界的に進出した結果、認識されやすいロゴが売れるからと、ブランドロゴのフォントも類似したものまで。

そういった効率重視による利益追求の面が、非常に強くなったのが現在のブランドです。

WWDJAPAN
同質化するブランドロゴ 旧「セリーヌ」ロゴデザイナーが苦言 - WWDJAPAN 「セリーヌ(CELINE)」や「バーバリー(BURBERRY)」をはじめとするリブランディングを図るラグジュアリーブランドが新ロゴを披露するたびに、そのロゴに対する賛否の議論...

私はブランド固有のフィロソフィーが重要か、それとも生き残るために売上が重要か、どちらが正しいという議論をしたいわけではありません。しかし、差異化と個性こそが本質であった、ファッションという概念に経営の一本化による同質性が加わり、ある種の矛盾が生じたことは事実です。

「売れるためには、ファッションの原理たる個性をも捨てていく。」これが現在のグローバルスタンダードです。個性を表現することで生きがいを感じていた、多くのデザイナーが失望感と共に引退した時期がありました。

そして、今のファッション界を支える現役世代もまた、「ビジネスを大きくするために迎合するか」「細々としてでも生きがいを優先するか」の概ね二択を迫られています。

つまり、現在の“ブランド”は品質主義ではなく世界観&イメージ先行

多くのブランドは自社工場を持たず委託生産、ときにOEM元の数倍の価格で販売

(メーカー勤務の方は良くご存じかと思いますが)ブランドが展開するアイテムは、全てを自社工場で生産している訳ではありません。

OEM(original equipment manufacturer)といって、多くの場合は専業のファクトリーが有名ブランドの下請け製造を担当しています。

ファッション業界は顕著で、例えば、ある世界的ブランドのシャツはAというファクトリー、ニットはBというファクトリーにOEMしているなど、アイテムのジャンルごとにファクトリーを変えています。

そして、ファッションの世界ではデザインだけで、自社工場は一切ないというブランドも珍しくありません。そして、有名ブランドこそ自社工場を一切持っていなかったりします。

ブランドも下請けメーカーもビジネスなので、それぞれ取り分があります。ただ、世界的に有名なトップメゾンの場合、OEM元と同じクオリティの商品を展開したとしても、売値はかけ離れているのが実情。

例えば、パリの某トップofトップメゾンの数十万円するニットは、日本の北陸にある某企業がOEM生産をしており、同じクオリティのモノが3、4万円台で販売されています。同ブランドの十数万円のデニムも、実際に作っている岡山県のファクトリーでは、6分の1くらいの価格で提供されています。

「ブランド力のあるブランド」ほど割高になる

結果として、ブランドは割高になることは間違いありません。しかし、ブランド側も自身のブランド力に見合わない価格設定にすることは出来ません。高くしても売れるブランドは限られそれは先述の“ハイブランド度”に拠るからです。

同時に、莫大な広告費や人件費をペイしたり、大きな利益を確保するのであれば、OEM元のランクを下げる=モノの品質を下げるか、さらに安い価格で作らせるしかありません。

私も某ブランドに所属していたとき、そのブランドはOEM元にかなりの低コストで作らせていました。実際には、皆が知っているようなブランドこそ、ビジネスにシビアです。

(あくまで一つの参考としてですが)下記記事では、私が着たことのある世界の有名スーツブランドを国ごとに分けて紹介し、大まかなクオリティのレベルも表記しました。

「ブランド力=モノのクオリティ」と思われているならば、99%の人にとって「え?」とか「は?」となると思います。私は皆が知っているスーパーブランドですら、クオリティの項目には大した評価を付けていません。

事実、現在の有名ブランドの多くは、ファクトリーやテーラーが作るような同価格帯のものと比べ、決してレベルの高い作り(=品質)ではないからです。

現在の「ハイブランド」が展開しているスーツならば、筋のいい人が専門学校で2年ほど頑張ってミシンを動かしていれば作れますし、何ならもっと良いものが作れます。

こんなことをいってしまうと夢が壊れてしまうかもしれませんが、今日の“ファッションブランド”は、常に良質な証であることを期待すべきものではありません。

だからこそ、ユニクロのような“安くて良いもの”が、持て囃されるようになっている一因にもなっているのでしょう。

でも高いじゃん!有名じゃん!評価されているじゃん!

それでも「ハイブランド=モノが良い」と思っている方は沢山いますし、アパレル業界の人の中にも沢山います。恥ずかしい実態ですが、実際、アパレル業界内の人だって“モノの良し悪し”が分かる人は、あまり多くありません。

“味”が分からなくたって売れることは可能ですし、“味を知る”ことは非常に難しく面倒臭いからです。分からないからこそ、「高いお金を出しているから、これはモノもきっと良いはずだ」というイメージの世界に終始するようになりました。

繰り返しますが、かつてはモノのレベルも高かった故に高い評価を得てきたとしても、現在のブランドの評価は「この超高品質生地を使っている!」「めちゃくちゃコストのかかった、縫製方法や技術が用いられている」といった理由ではない場合が多くなりました。今も年々、そうなっています。

いずれにせよ、現在のブランド(および“ブランド料”)というものは、モノ自体のクオリティへの対価「だけ」ではなく、世界観の提供とそこにコミットできることに価値を感じる「イメージの価値」です。

つまり、現在のブランドは売れる方向に全力で傾倒するためのマーケティング戦略であり、一般的に信仰されている「ブランド=高品質なモノ」という図式は必ずしも成り立ちません

丁寧に作っている=生産効率は上げられないため、どうしても経営規模は小さくなる。すると、知名度は高くなりませんし、リセールバリューが低い割に高額であることは、“味の分からない人”にとってはメリットがありません。投資価値としても難しいですよね。

じゃあ、ブランドの中身(モノとしての品質)は全部大したことないの?

じゃあ、ブランドの中身(モノとしての品質)は全部大したことないの?と思われるかもしれませんが、「そんなことはありません。でも、ブランディングされているのだから割高ですよ」というアンサーをお送りします。

上記はSHOLLWORKSでこれまで最も読まれた記事ですが、価格のインパクトと題材とするブランドの認知度が高かったことが理由として挙げられます。

ジルサンダーの9万円のシャツは正直モノのクオリティの割には高いんです。でも、記事内で書いたことは本当ですし、ユニクロの3,000円のシャツよりもモノとしては優秀です。

何よりも、9万円出しても買いたい人がいるから。人気ブランドだから。こうやって取り上げる人がいるから。だから9万円の価値があるのであり、“ブランド価値”となり「ジルサンダーはハイブランド」になります。

(ハイ)ブランドが高価でも買われる理由は「人気が人気を呼ぶから」

現代のブランドはクオリティに優れたものばかりではありませんし、少なくともモノ視点で語るならば割高ということは分かりました。ではなぜ、ブランドは高価であり続けられるのでしょう?

一言でいえば「ブランド価値とは投資価値」だからです。先述の「面倒くさいモノの出来」に対して勉強するのもめんどくさいし、意味も見い出せないことに対して思考停止になれます。

同時に、忙しくてじっくり探す手間がなかったり、ただただ共感を得たいから、何も考えずに有名なものを使いたい時代の訪れの証左でもあるのではないでしょうか。

「ブランド力の高さ」とは、社会全体の“憧れの度合い”の高さ

つまり、現代のブランド力の高さは、“憧れの度合い”で決まります。(私の経験ですが)某ブランドで十数万円のアイテムを担当した際、原価が数千円でしたが飛ぶように売れました。

モノの良さを原価率で計るならば、ぶっちゃけ“粗品”です。しかし、ヒットしました。なぜなら、広告を出したとき、オンラインストアに掲載されたとき、実際に店頭に並んだとき“憧れられた”からです。今も街でよく目にします。

この事実、あなたは「そんなブランドけしからん!」と思いますか?確かに「原価が数千円ですよ」という事実を公表すれば、買わなくなる人はいたと思います。私もくだらなくなったからこそ辞めました。

しかし、需要を広く満たすという点においては、社会に大きく貢献していることも事実です。また、エンドユーザーはどんな背景だったとしても、手に入れた方が幸せと思っている人も多い。

原価を掛けて高品質なモノ作りをして、必ずしも確かなモノを消費者に届けることが、現在の有名ブランドビジネスではありません。

社会全体が抱く確かな憧れや満足を消費者に届ける行為こそ、現代のブランド戦略の本質です。

ブランドは「人気だから人気」:皆が憧れ求めるから高くなる

ブランドとは「人気だから人気」になる性質があります。まるで「禅問答」のような話ですが、これも社会の集団心理です。自分の意思で決定していたとしても、厳密には誰かに、何かに影響されて手を伸ばしています。

上記のような憧れが伝染して憧れを生み、人気が人気を呼ぶ。その蓄積が、ブランド力を発生させます。

芸能人や映画作品、漫画、アニメ、TVやWEBの番組だって同様です。プロモーションを経て誰かが“推す”から、その周りやSNSを通じて“推し”が広がる。人気が人気を呼んで、更なる人気コンテンツになりますよね。

ヤフオクやメルカリで盛んに行われている転売や二次流通も、この原理を利用しています。販売価格が「市場から求められている人気度」よりも下回った場合に転売屋の方が頑張る。また、スーパーブランドが供給を絞る(絞らざるを得ないことを逆利用している場合もある)ことで、あえて付加価値を高める手法もあります。

例えば、エルメスのバーキンは「上質なカーフレザーが使用されているから」あそこまでの価格になっている訳ではありません。そして、二次流通のショップで定価以上の価格で販売されているのも、やっていること自体は転売屋とほぼ同じです。

極論、“バーキンだから”非常に高額で希少価値も高く、その上、それでも欲しい人がいるから二次流通で更なる価格が付いて取引されています。

で、結局「ブランド」に意味はないの?→ある

個性的なブランドは、見て着てワクワクする

じゃあ、ブランドに意味なんてないのか?という疑問に対しての回答は「そんなことはない」。ブランドは全ての品質を失った訳でも、個性を失った訳でもないからです。コムデギャルソンやマルジェラのような、「このブランドだからこそ」という独自性を目の当たりにすると、ワクワクしませんか?

確かに、あなたの身体に合ったビジネススーツやシンプルなストレートチップが、イメージ先行のメゾンブランドである必要はありません。こういったフィッティングが命のファッションに関しては、モノの良さがダイレクトにカッコよさへ繋がるからです。ファッションの世界の中でも価値観は同一ではありませんが、複数の価値判断基準を持っている人は極端に少ない。

しかし、メゾンブランド特有のデザインは、ファクトリーブランドには(技術的には作れても)出せません。だからこそ、唯一無二のフィロソフィーやデザインを持っているブランド商品には、大きな価値があると思います。

忙しい毎日の中、個人が深く考え学び、判断できる分野は多くない

一つの分野の知見がある程度深くなると、詳しくなくない分野においても体型的にはある程度共通するものがあることに気付きます。しかし、あらゆる分野に触れる時間や情熱を傾けることは不可能です。

だからこそ、例えば、ファッション分野なら服やメイク、ヘア、空間といったスペシャリストが、お互いにリスペクトをしながら協働します。

私はこの記事を書いている最中に引っ越しましたが、家具を揃えるのに、それなりに有名なブランドに“頼りました”。ブランドは一定の道しるべにはなります。“思考停止料”ともいえなくはありませんが、同時に信頼性への投資ともいえます。

ブランドは人間が経済活動する上で、根幹となる概念である

ブランドは経済活動におけるあらゆる概念に、大なり小なり関わります。ファッションに限らず、自然や観光、歴史、資源、名産品、地方創生や町おこし、ひいては国家全体のブランドにおいても、皆、イメージを原動力に行動しています。

下記記事で“Pace Layers Thinking”という、ファッションにおける重要な概念に関して言及させていただきました。上位層になればなるほどブランディングのシェアが大きくなりはするものの、全ての階層における人間の活動に、“ブランド”という概念は絶えず関わり続けます。

「ブランドの否定」は人間社会において、本質的に極めて難しいことは間違いありません。ファッションブランドを否定してもApple製品大好きだったり。こうして書くと笑っちゃうような話ですが、結構いらっしゃると思います。

私の持論:“ブランド物”は、固有のデザイン物やパッと見のインパクトで選ぶのが良いと思う

結論、いわゆる「ブランドもの」は「そのブランドではなくてはならないもの」こそ本当に価値があるもの。「エルメスのカレ(正方形のスカーフ)」や「マルジェラの足袋ブーツ」なんて、それぞれ最高にブランド価値が高いのではないでしょうか。

一方、多くのブランドで売れるのは白のシャツや濃色のビジネススーツといわれます。

「そのブランドだから買う」という動機が絶対的に悪とはいえませんが、アイテムに拠っては、ブランドに拠っては、「そこで買うことが最良の選択であるか」は、一度考えてみても良いかもしれません。

「自分に合ったブランドはこのブランドだ!」と単一のブランドを信じたい人にとっても、ブランドの背景を知り、賢く選択することもまた、ファッションの面白さではないでしょうか。

商品自体のブランドよりも、「これは買う」「これは買わない」といった選択と判断を重ねたブランドのセレクトショップたる、あなた自身のブランディングの方が、あなたの人生には重要であり、ファッションを楽しめる行為ではないでしょうか。

“商売人の手に落ちた”、“服の味が分かる人”が極端に少なくなった時代。イメージ先行が過ぎるのは悲しい点ではあると個人的には思いますが、ブランドを軽んじ過ぎないバランス感覚を持ち合わせたいものです。

あなたは、どんなバランスのとり方をしてみますか?

おしまい!

SHOLL(しょる)
皆さまこんにちは。“SHOLLWORKS”運営者のSHOLL(しょる)と申します。

1987年、山梨県甲府市生まれ。国内デザイナーズブランドを経て、ファッションコングロマリットのブランドでデザイナー職を経験。

現在は東京在住、デザイナー含め様々な事業に携わっています。





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